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お母さんの入院
7月26日午後、母の入所している施設の医務室から電話が入り、今朝から急に発熱し、現在38.5℃だと言う。元気がなくて、目を閉じたまま、食べることも飲むことも難しいようだ。他にはこれといった症状はないという。ここ十数年もの間、熱なんて出したことのない母だけに心配だ。
琵琶湖(八淵ノ滝)の後も、27日まで連休だったので、日光女峰山へ行こうかと考えていたのだけれど、お天気が悪そうなので真っ直ぐ帰宅したのが正解だった
施設へ急ぐと、居室のベッド脇に介護士さんが座り、お茶ゼリーを食べさせてくれていた。ありがたいなーと心から思う。彼とタッチ交代で、さらにポカリスエットゼリーを食べさせた。なんとか口は開くし、飲み込んではいるが、目は開かないし、明らかにグッタリしている。マンゴーの潰したのを持参したので介助するが、2口で止めた。誤嚥性肺炎を起こしているのでは 両肺ともエア入りが悪い。お腹はよく動いているし、他にもこれといった異常は見当たらない。電話を頂いた時に、解熱剤を先に使ってもらうようにお願いしたので、熱は37.2℃まで下がっているが、また発熱することは明らかの状態だった。明日の月曜を待って受診、入院が妥当だと思い、帰宅してからセッセとパジャマに名前付けをしたり、タオルやティッシュなど、入院準備を整えた。
7月27日(月)、08:50に医務室からまた発熱していると連絡を受け、予定通り、9時に自宅を出発し施設へ向かう。施設の車で車椅子ごと鎌倉ヒロ病院に移送していただき、受診。受診時の熱が39.1℃。採血でインフルエンザではないと決まった時点で、直ぐに診察室へ呼ばれ、入院が決まった。
胸部・腹部のレントゲンを撮り、病棟へ上がる。
点滴、酸素吸入、バルンが次々装着される。
主治医は午前も午後も外来担当日のようなので、あえて検査結果はきかなかった。
ともあれ、水分・栄養補給がされて、抗生剤さえ入れば、あとは持ち前の力で回復してくれることを信じる
※この病院は、パジャマも肌着もタオルから洗面道具、紙オムツ、消耗品に至るまで、すべてレンタルのシステムをとっており、手ぶら入院で良かったのだ。ただし、その分毎日\2100のリース代がかかる。これは良し悪しだよね…選択性にすればありがたいシステムだとは思うけれど。
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琵琶湖〜八淵ノ滝
7月24日(金)
横横から東名に入るのは便利だな。東名に乗ってしばらくするまでは渋滞があったものの、環八に比べたら断然快適 16時前には琵琶湖周辺に到着した。友達との楽しい夕食タイム 奥歯治療中のため、自分で食べられる物を選べるようにと、バイキングのお店を選んでくれていた 窓外には琵琶湖、そしてオレンジやグリーンにライトアップされた噴水が一列に並んで眺められた。琵琶湖といえば、26歳の時にパイロットとして参加した、鳥人間コンテストが忘れられない。記録はマイナス(飛び立った位置より旋回して後ろに着水した)だったが、あのイベントは皆で燃えたな〜。懐かしいな〜7月25日(土) 左端のひと際高い建物が大津プリンスホテル。
公園を散策。
ファミリーで釣りを楽しんでいる人達が多かった。釣れた魚を男の子が並べていたので撮らせてもらった。
コレ全部、‘ブルギル’という外来種の魚なんだって。
この魚にフナが食べられちゃうっていうけれど、実際に釣れるのがコレばかりだということは、琵琶湖の生態系 はどうなっちゃっているのでしょう?
なんか寂しいし、怖いな空は厚い雲に覆われ、時折激しい雨が降ってくるお天気。さて、どうしようかと思いつつも、自分の晴れ女を信じて、滝100選である‘八淵の滝’登山口【ガリバー青少年旅行村】へ向かう。
14時。にわか雨程度だし、滝100選というからには、遊歩道のように整備されているだろうと想像し、長傘持参で行ってみることにした。
インターネットで見た滝とは違い、雨の影響で沢の水が大分茶色い。
‘八淵の滝’というのは、下流から順番に、『魚止の淵』『障子ヶ淵』『唐戸の淵』『大摺鉢』『小摺鉢』『屏風ヶ淵』『貴船の淵』『七遍返し淵』という、8つの淵の総称である。
最初の『魚止の淵』から『唐戸の淵』までは、危険コースと書かれていたので、ただでさえ滑りものの苦手な私は、雨天でそんな所はとんでもない しっかり回避して、安全コースをとりました。なので、3つの淵は見られず。
上から下を見降ろしているのだけれど、これから沢まで降りて、鎖に沿って沢を渡り、ヘツリ、梯子を登らなくては なんと言っても、濡れて滑りそうな岩の上を渡るのが一番嫌だ 全然遊歩道って感じじゃないよ
カエル君は素晴らしいクライマーだ
草系の花はこのルート上では珍しかったです。
鎖場を通過し、梯子を上り、さらに急な岩場を登り切ると『貴船の淵』に到着。
ここから下を覗きこむと…
この丸太橋の上から『七遍返し淵』が眺められる。渡れば直ぐそこ。
あ、字が手元の資料と違う。『七遍』じゃなくて『七変』?『唐戸』も『空戸』って書いてあったっけなー。
こちらが丸太橋の上から撮った『七変返し淵』
これで8つめだ
思いの外、険しい道のりだった。雨で岩が濡れていたり、増水で露出している岩が少なかったりで、私にとってはスリリングな道のりだった。
おたまじゃくしがいっぱい!小さなカエルがピョンピョン跳ねてたのは納得
でも、さっきの大きめのカエルは?大きな岩の上に木が根を張って生えている。自然の造園は力強い。
結局雨は直ぐに上がったので長傘は邪魔なだけでした
往復わずか2時間の行程でしたが、汗ビッショリ。晴れていたら尚、暑かっただろうな〜〜〜。遊歩道散策のつもりが、しっかり登山道チックな道のりで、人は1パーティーとすれ違っただけだったし、自然も豊かに守られており、登山に匹敵する感覚が得られ満足 ここは秋の紅葉が素晴らしいことが想像できる植生なので、晩秋にこのルートから武奈ヶ岳方面へ縦走してみようと思う。何年後かな?- 関連記事
平標山〜谷川岳ロングトレイル 7月15日(水)
平標山から谷川岳への縦走をしたいと思ってから、早5年以上経っている。長い距離【平標山登山口から土合駅までの昭文社地図のコースタイムで13時間】を一気に歩くため、季節は陽が長い時期が賢明。長い稜線歩きの上に、標高が低いため、真夏は直射日光と暑さで消耗が激しく、その分、水も沢山持たなければならない。天候にも左右される。もちろん営業小屋はないし、エスケープするにも何処へ降りても長い。そんなことからなかなかタイミングがつかめなかった。今回は勤務条件が上手くハマり、あとはお天気の問題。群馬は晴れそうだが、新潟や長野北部は降水確率60%。晴れに向かって歩くと思えばいいか…と思っていたが、当日梅雨明け宣言となったことを行きの運・/span>中に友達からの
7月14日(火)夜勤明け、土合駅に向けて車を走らせる いつも渋滞の環八だが、1時間・/span>りで抜けることができ、練馬ICから関越に乗る。土合駅に車をデポして、17:52発の上越線 で越後湯沢駅へ移動し宿泊予定だったが、赤城高原SAで1本前の13:50発に間に合いそうなことに気付き、飛ばして無事13:30に到着。駅前は未舗装の無料駐車場になっている。登山靴に履き替え、ザックの中身を再確認し、明日の長い縦走に備え極力荷物を控える。
土合駅は通称‘日本一のモグラ駅’と呼ばれており、486段の階段を降りたところにホームがある。券売機はなし。下りで良かった
涼しくて気持ちい〜い
越後湯沢駅に14:15着。
駅前の‘新ゆざわ荘’を素泊まりで予約しているが、チェックインは15時から。
駅にあるお酒入り温泉 に入ることにする。\800でバスタオルとハンドタオルの貸出付だったが、狭くて、圧迫感があったし、お酒の香りもわからずイマイチだった。
温泉を出てから、同じく駅構内にある食堂で、魚沼産コシヒカリ100%米のもち豚丼定食を食す。お肉が柔らかくてジューシーで美味しかった〜
16時に宿にチェックイン。まずは爆睡 19時に目が覚め、コンビニへ出掛け、明日の朝食・行動食・飲み物を買い込み宿へ戻り、ゆったりと温泉へ 露天風呂もあり、チェックアウトまで何時でも入れるというのが魅力。なんとなーく今日の宿泊客って私だけ 22時には就寝
7月15日(水)3時起床
朝から温泉に入り、支度を整える。
4時にアサヒタクシーを予約している。ネット検索で、小型車を保有していて1番安いようなので選んだが、平標山登山口まで¥6700 深夜割増だから仕方ないか 20分で着いた。
スパッツを付けて、準備を整え04:35に登山口を出発
まずは樹林帯。
歩き易く、登りやすい。ただ、気温がすでにかなり上がっており、30分も登ると汗が噴き出す。
松手山へ05:38到着。出足好調。
朝の日差しが気持ち良い
半袖で登り始めたが、風が強く、汗が冷えるため、これからの稜線歩きに備え、ここで下に長袖を1枚追加した。
先に見えるは、平標山。たおやかな山容である。笹に覆われたトレイルが始まる。
多種多様な花々が咲き、平標から仙ノ倉までは、この白い花が斜面を覆っている。
平標山06:41着。ここに来るのは2回目。
山頂眼下には、土樽から続く平標新道からのルート上に池塘が見える。これも長いルートだ。
仙ノ倉山07:32/07:35
ここまでにやっぱりくるぶしが痛くて、6回も手当をし直したが、結局はバンドエイドだけが一番マシだとわかった。ヤレヤレ
仙ノ倉までは登山者が多いが、ここから先は途端に少なくなる。
登山路は草が茂って足元が見えにくい。
これから歩く縦走路の稜線がなめらかに続いている。なんかワクワクする
エビス避難小屋。
本当の意味で、避難のために使う小屋であって、計画的に利用する気にはとてもなれない小屋だ。
これが小屋の中。ただ板が敷いてあるだけだし、窓もないのでとにかく暑い
雨や風を避けるには有効だと思う。
ここから先もずーっと登山路に沿うように、ニッコウキスゲが咲いている。まだ蕾も多く、1週間後位が一番の身頃かな。
エビス大黒ノ頭へ向かう道のり。三脚を立て、猛ダッシュ
鳥も色々な種類がいたなー。
エビス大黒ノ頭08:22/08:36
看板の文字が消えちゃってる。前を見ても、後ろを見ても誰〜れもいない。
こんな景色を独り占め。
足元に♀のクワガタが歩いていた。
歩いてきた縦走路を振り返る。
2つ目の避難小屋が写っている。エビス避難小屋よりは大きかったが、造りは同じ。
やっぱりニッコウキスゲ
後方一番左ピークが、これから向かう万太郎山。
万太郎まであとちょっと。
お天気 なのはとーっても嬉しいんだけれど、暑い 標高が1600〜2000mまでを登ったり下りたりだし、風は南風?湿度も高く、この前の丹沢よりもずーーーっと暑い 木陰で休みたいけれど、日陰が全然ない
万太郎山10:14/10:30
暑い分、喉が渇く。
職場からもらったゼリー、重いから置いてこようかと思ったけれど、持参して正解。こういうのが美味しい
この山頂から携帯 は使えるのか調査せよ。との依頼を受けていたので、360度ウロウロするが、完全に圏外だった。FOMAは山で弱い。 movaは最強だったのに
平標山〜谷川岳肩ノ小屋までの間に避難小屋は4つあったが、この4つ目の‘オジカ沢ノ頭’が一番大きいものだった。
ルート上、年配のご夫婦1組とだけ行き違ったが、そのご夫婦は昨夜大障子避難小屋に泊まったとのこと。
14時過ぎにはガスで何も見えなくなり、夜間は強風と叩きつける雨で不安な夜を過ごしたようだ。この材質では雨音も一層響いたことだろう。
オジカ沢ノ頭11:50/12:02
アップダウンがあるにしても、景色そのものはあまり変化がないので、もうボチボチ飽きてきたので、ちょうど良かった
来た道をまた振り返る。
平標山は一体どこへ行ってしまったのか?
よく歩いてきたもんだ。いつも思うが、人間の足ってすごいよね〜
ウスユキソウ、Yさんの好きなゴゼンタチバナ、コバイケイソウの群落。
トマノ耳 12:49/13:03
肩ノ小屋に着くと、それまでたった一人の山歩きだったのが、いきなり数十人がワイワイと賑わっている。
あまりのギャップに少々ゲンナリし、山頂でこの写真だけ撮って、西黒尾根側へと降りてから休憩。
あとは下るのみ。とはいっても、下りでくるぶしが痛いので、計画を変更して天神尾根からロープウエイで下山してしまおうか?とも考えた…が…う
西黒尾根からトマノ耳、オキノ耳を振り返る。
yamatomoさんと春に訪れた雪景色とは全く別物だよね
今日1日で1番辛かったのが、この西黒尾根。
このルートは上りなら楽しそうだけれど、下りで使うルートではない。というのが私の意見。
既に足の疲労もたまっているのに、スラブ調の岩は止めて欲しい
これ、マチガ沢
去年の6月に志水哲也さんのガイドプランで登らせてもらったんだ。懐かしいなぁ。
土合駅に帰ってきました!15:32着。
疲れた〜〜
こんな時、やたらRAV4が愛しく思えるんだ
直ぐに登山靴を脱ぎ、クロックスもどきに履き替え足を解放。あー楽チン。
‘湯の陣’で温泉 に入り、長丁場で酷使した足をマッサージ。
〆はお蕎麦。
硬めの蕎麦は好きだけれど、あまりにも太くて食べ応えがあり、半分食べるのがやっとだった。
朝4時半から15時半まで、休憩を入れて11時間。コースタイムよりは早く済んだけれど、直射日光と気温、湿度の高さに消耗してしまった
雨、風、ガスの1日だったら、これは相当辛いコースだと思う。そういう意味ではとても恵まれていた。山の神様に感謝
コースと同様に長〜い記録になってしまった。同じルートを歩く方の参考に少しでもなればと思う。
体力、気力、装備を持ってこそのロングトレイルでした
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北丹沢12時間山岳耐久レース いよいよ本番!!
7月5日(日) 相模原市津久井町青根休暇村を会場とした、第11回大会が開催された。
4日(土)17:30頃に で現地入りすると、直ぐにキリマンジャロ仲間であるA氏とY氏が連れだって歩いているところへ遭遇。私は彼らの誘導で、会場本部に近い場所に駐車することができ助かった。すぐに受付を済ませ、ゼッケンやランナーズチップ、参加賞のTシャツ、パンフレットなど諸々一式を受け取り、車中に置いてから、会場で出店しているランナーズショップを彼らと流した。ランナー用の物ならば、靴もウエアもザックも何もかも品数多く揃っている。しかも定価より安い。とはいえ準備万端で来たので、特別買う物はなく、A氏お勧めのエネルギー飲料で、カロリーはあまりないけれど、これを飲むとパワーが出るというシロモノを1つ購入。それとゼッケンをTシャツに止めるクリップも購入 そしてそのまま‘いやしの湯 ’へ。この大会は圧倒的に男性が多いので、女性用の温泉はガラガラ。ゆったりと入浴できた。夕食はここで冷やし中華を食べたが、Y氏によると、ここのカツカレーが・/span>判らしい 食事を終えてから、この大会に毎年参加しているA氏から明日のコースについてレクチャーを受け、そして20時半にはそれぞれの寝床へ散った。A氏と私はマイカーで車中泊。Y氏は野宿覚悟で来たそうだが、レース仲間が泊まるところへ・/span>がり込むことになったようだ。いやはや大胆
この時期の丹沢車中泊は暑くて寝苦しいだろうなーと想像していたが、意外にも涼しい夜で、最初は綿毛布だけで寝ていたが、寒くて目が覚め、スリーシーズンシュラフを上に掛けて朝まで熟睡 の気持ち良い夜だった。
5日(日)4時過ぎに、周囲のざわめきで起床 皆さん早起きだな〜。お天気は雲間に太陽も覗いており、素晴らしいレース日和だ。出走2時間前までに、食事は終えた方がいいというアドバイスを昨夜受けたところだったので、起きがけに‘うな丼’をしっかり食べた
レース前の元気な姿。
A氏はすでに、レースに備え、ウオーミングアップのRUNを終えてきたとのこと。
エライな〜。私はその教えにはぐうたらで・/span>えなかった
朝の は、男性側が長蛇の列。女性は3人待ち程度。他ではこんな光景見たことない。
今回のレースでは、男性1300人。女性97人の参加だから当然だよね。
8?のザックには、ハイドレーションシステムにポカリスエットを2?。500mlのリンゴジュース入りペットボトル1本。ウィダーインゼリー2つ。パワージェル3つ。昨日購入したパワー飲料を1つ。そしてパンも1つ。薄手のタオルを1枚。アクシデントに備え、携帯電話を持参。これが私の荷物の全てである。カメラ
も持参したいところだったが、撮る暇なんてないだろうし、1gでも軽くしたいという気持ちもあったので、ここはスッパリと車中に置いていくことにした。なのでレース中の写真は1枚もなしです。スタートは2つのグループに分けられており、先行する6時半スタートの白ゼッケン着用者は、前回大会完走者と、フルマラソン記録上位者である。もちろんA氏もY氏もこのグループでのスタートだ。
スタート直前、ピンクゼッケン着用者や応援の人がズラッとそのスタートを待ちうけている。 6時半、一斉に走り出す やっぱり速いなー なんか自分があと30分後にこんな風にスタートするなんて想像できない。そう思ったら、ど素人の自分を振り返り、妙に冷静になった。自分のペースでただ走るだけなんだと。
Y氏の派手なアロハシャツ、50?のザックに麦藁帽子姿が目立っていたが、雑踏の中、写真に写せず残念!
そうこうしている間に7時スタートの人達が、もうスタート地点にズラッと並んでいる。[スタート地点標高290m私はモタモタしていたので、結局後方になってしまった。
A氏、Y氏からは、登山道に入ると渋滞するので最初に少しでも前に出ることが大事だと再三言われていたにも関わらず、これを守ることができなかった痛手は直ぐにわかることになる。
前夜ホテル泊のケンチャンとは合流できないままスタートを迎えることになったが、私の後ろにいる少人数の中にケンチャンの姿はなかったので、私が追い付けば会えるだろうし、 ではゴールで会おうと交わしていた。
7時のスタート から緩やかに集団が動き出し、上り坂にかかると間もなく塊の間にスペースが空き始めた。ここからは教えを守って、とにかく登山道に入るまでの登りを頑張れ ということで、右へ左へとすり抜け、何十人かは抜いただろう。レース後にわかったことだが、ここでケンチャンを追い抜いていたようだ。思っていたよりあっという間に登山道へ突入。すでに停滞している。そりゃ、ロードで6列くらいあったのが、1列になるんだものね。ボーっとどのくらい停滞していたんだろう。そしてようやくジワジワ動きだし、ゆっくりと最初のピーク[標高650mまで登る。下りになると渋滞は解消され、間もなくまたロードに入る。ここから約11?地点までのロードが第一関門突破の勝負どころとみた 私の前には明らかに1200人以上は走っているわけだから、次の鐘撞山、そして県境尾根分岐までの長い登りで渋滞は必須。少しでも前に行かなければ、頑張ることなく第一関門に引っ掛かってしまうことになりかねない。…とはいえ、こんな早い地点から全力で走っては後半まで体力が持つのかわからないので、まずはジムで楽に走れていたペースで走ってみることにした。これが案外後方グループの中では速い方で、予想外にどんどん追い越すことができ、気分的にも楽になったし、入山前の給水ポイントでも休むことなく山へ突入した。
鐘撞山への登りは直ぐに渋滞、停滞。並びながらゆっくりとハイドレーションシステムからポカリスエットを飲み、立ち休憩状態。どうやら水分を持ち過ぎたようだ。でも、給水ポイントで汲み直す時間の必要がないと思えばそれも一つかもしれない。
鐘撞山のピーク[標高900mから少しの間、渋滞は緩和されたが、また直ぐに県境尾根分岐までの急登では長い渋滞が続き、あまりにも暇だったので、後ろの人と雑談を楽しみ、ウィダーインゼリーも飲んだ。高度が上がってくると、疲れて列から外れる人がだんだん増えていき、県境尾根分岐[標高1280m手前100mくらいからはマイペースで登ることが可能となった。そしてピークから第一関門の神ノ川ヒュッテ[標高580mまでは、止まることなく一気に下り、無事に関門突破となった ただし、これまで練習で5〜6回は履いたトレランシューズ、足にピッタリだと思っていたのに、右くるぶしに当たってしまい、特に下りでは痛くて痛くて… ともあれ、第一関門を突破したので、給水ポイントでは、机にズラッと並べられた水の容器から1杯を取り、ゴクゴク飲み、バナナ も1本いただいて元気は保たれた。靴紐を結び直してはみたが、緩めても、締めても当たることに変わりはない。バンドエイドも持っていないし、くるぶしが靴に勝って馴染むことに期待するしかなかった
よその人に「今、何時ですか?」と訊かれ、10時3?分と答えたような記憶がある。関門さえ通過できれば時間は関係ないと思っていたので、ほとんど時計 を見ることはなかった。
ここから袖平山までは練習で走っていたので予測がついたし、気持ち的には楽だった。
日陰沢源頭[標高1000mまでは、連なって登ってはいるものの、ペース的にはほど良い状態で、ついてこられない人はきちんと避けて休んでくれるのでストレスにはならなかった。日陰沢源頭から犬越路トンネルを経て、神ノ川園地[標高610mまでは舗装路と、砂利道?を繰り返すダラダラの下り坂となる。距離にして9?弱だろうか。降りきったところが第2関門となっている。時間的には突破は間違いないと思えたので、あとは下りでタイムを稼ぐための走りをすればいいだけだった。くるぶしの痛みを省けば快調な走り で、途中では女装 ?した人の応援も含めて、ボランティアさんなのか、通行人なのか、声援を送って下さり、それがこんなにも元気づけられるものなんだと初めて知った。
第2関門を突破したところで給水ポイント。冷たいお水って最高に美味しい!パワージェルの梅味を食べる。
ここからはどんなにのんびり行っても完走はできると思ったけれど、気力を抜いてしまううと動けなくなりそうだったので、むしろここからはもうペース配分など考えず、精一杯力の限り行こうと思った。でも身体は辛かった すでに消耗が激しいので、足が重くて思うようには上がらないし、30?地点を過ぎて間もなく、左足がつりかけてしまった。運動中にこうなるのは初体験。あわてて道を外れ、親指をそらすことを繰り返し、なんとか収まった。また登り続けたが、今度は左膝の痙攣が始まり、ブルブルガタガタ縦揺れを起こすのだ。このまま動けなくなったらと思うと、せっかくここまで来たのにヤダヤダ!と思いながら、祈る気持ちで左膝を眺めていると、だんだん収まり、痛みもない。へェ〜案外復活できるものなんだなーと自分の身体に感心する。
風巻ノ頭[標高1077mに到着した時には、ベンチにドカッと座り、しっかり3分くらい休憩をとった。リンゴジュースも飲んで、また走り出すと、ボランティアさんが「まだ足はしっかりしていますね 」と声を掛けてくれたので、ニコッと挨拶したが、全然ダメだよぉ と思っていた。あとは根性と惰性で袖平山[標高1432mまで登り詰める。そこで私設エイドというのでしょうか?氷をいただいて喉を潤わせていただいた。ありがたいね〜 ここから最高地点の姫次[標高1433mまではすぐだった。最終給水ポイントで、1人水はコップ1杯と決められていた。まだまだ自分の背負っているポカリスエットは半分以上残っていたが、お水が美味しいのよ ここは広場のようになっていて、寝そべっている人もいるし、結構な人数が休憩していたけれど、私は相変わらず靴紐を結び直して残りの下りに備え、直ぐに出発した。あと、約10?弱 走り出した直後、くるぶしの痛みが我慢しきれなくなり、小枝を間に挟んでみたり、石を入れてみたり、無駄な努力をしたけれど、・/span>計に痛いだけだったので、紐をできる範囲ゆるゆるにして、あとは痛みを忘れるくらい走ることに集中することにした。そして本当にそれができたと思う。痛みは感じないといえば嘘になるけれど、痛むことで走ることを緩めることは一度もせずに一気に駆け降りた。この最後の走りでは皆さんが次々に道を避けて下さったので、太ももも足もボロボロだったけれど、自分の最後の力を全て出し切れたと思う。
青根キャンプ場に戻ってきたところで、先にゴールしていたAさんが声援を送ってくれているのに気付き、またまたないはずの力が出て、ゴールまで走り抜けた ゴール前には人が大勢いて、全然知らない私にも熱い声援を送ってくれた。なんか感動するね
記録:8時間6分25秒。 終わったーーー\(^o^)/
キリマンジャロ仲間の麦藁帽子がYさん。向って右がAさん。
彼らと会っていなければ、私にこの日はなかった。
人生って面白いね
たった2ヶ月だったけれど、完走という明確な目標を持って頑張った時間というのが気持ちイイ
こんな苦しくて辛いことを趣味にしている人はスゴイなぁ。
私も後続でゴールしてくる人達に、拍手と声援を送った。
「ガンバレー お帰りなさーい あと一息 」ってね。
見ていて全然飽きないの。最後の人まで見届けたいと思ったよ。
でも、そうだ、ケンチャンは 遅れてゴールするかもしれないけれど、念のためメールを入れておこう。…すると返信あり。
体調を悪くして、休憩所で休んでいたのだった。
合流して話を聞くと、そこにもドラマがあった。
スタート地点はわりと前方にいたようだが、最初の登りもゆっくり入ったようで停滞に巻き込まれ、次のロードでは景色のいい所を走りながら携帯電話で写真を撮り、既に周囲には女性ランナーと年配の方が多かったという。日陰沢源頭から第一関門までの下りでは、もう関門突破は無理だと諦めかけた時に関門が見えて猛ダッシュ 3分前に通過できたそうだ。そこで安心して、冷たい丹沢の水を飲み、1人1本と決められているバナナ をねだって2本もらい、パンと洋菓子と全ての行動食を平らげ、 に行き、係の人から「この先どうしますか?」と尋ねられて、「勿論、行きます 友達と約束していますから。」と応え、第2関門へ向かったそうな。周囲の人のほとんどが、そこでリタイヤしたこともあって、係の人が一緒に付いて登ってくれて、励ましの言葉もかけてくれたらしいが、林道途中ではついに、「来年もありますから。」とか、「もう第2関門には間に合いませんよ。」とか、最後には「貴方が最後ですから、車に乗ってもらわないと私達も終われません。」ということで、ようやく車に乗り込み戻ってきたという。その車が揺れるので、お腹の調子が悪くなり、休憩所で休んでいたという次第。
無論、ケンチャンの希・/span>でこれを掲載しているわけだが、ケンチャンは熱く語っている!「このままでは終わらない。これは序章だ。」と。さて来年の北丹沢に向けてケンチャンの1年がまた始まることになった?
私は…うん、今年完走できたので、来年は早いスタートで走れるのだとしたら、もう1回チャレンジしてもいいかなぁ〜と、おぼろげに思っているところ。まだ今は、筋肉痛と、くるぶしと爪の痛みを頑張った証しとして、よしよしと慈しみつつ、走った過程を何度も振り返りながら楽しんでおります あ〜ドラマだ
応援して下さった皆様、ありがとうございました
【今回の成績】 女性年齢別:30名中19位。女性全体:97名中48位。男女総合:1397名中789位。
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